マニア考察

  

私は正直マニアと呼ばれる人間が大好きである。

その道を深く知り探求していく姿勢は尊敬に値する。

なにより、彼らと話すのは本当に、おもしろいのだ。

自分の知識の幅を広げられる気がして。

今日(4/1)、自称ゲームマニアの友人ができ

そのことを痛感した。

2時間くらい彼女の部屋に居ただろうか。

私もゲームが好きで、同人活動の経験があることを話すと

安心してくれたようで、

(彼女は自分がマニアであることをあまり他人にはしられたくないらしい。

猫かぶっていると本人はいっていた。)

いろいろと、もう、マニアックとしかいいようのない話題が飛び出した。

マシンガントークで語り合った。

あっという間に過ぎた楽しい時間だった。

これからの寮生活が大変楽しみである。

これまでの人生(といってもせいぜい19年弱だが)の中で

真に友人と呼べるものは何かしらのマニアであった。

前述の、今日できた友人のような

ゲーム・漫画同人の友人はかなり多い。

ほかには・・・パソコンマニア、洋画マニア

車マニア・・・漢字マニアなんてのもいた。

がり勉も一種のマニア状態であろうし

自分の美しさに極端に磨きをかけるものもそうだろう。

確かに、マニアと語り合うためには

それ相応の基礎知識が必要であるかもしれない。

しかし、逆にいうと基礎知識だけで十分なのである。

あとは、彼らが教えてくれるから。

彼らのおかげで私の知識も広がっている(はず?)

「雑学王」を目指す私にとって大変ありがたいことである。

そういう私はふと、「何マニア」?と思ったりする。

ZARDマニアだと自称?してはいるが

マニアと言えるほどの知識があるだろうか・・・?

(全曲まだ歌えるだけでもないし)

夏目漱石先生を尊敬してはいるが、

全作品どころか前期三部作も一作しか読んでない始末。

大変中途半端である。

マニアと話をするのは大変面白いのだが、

中には困った者もいたりする。それは・・・


自分の好きなもの以外は

みんなクズだと思っているマニア


が、それである。

彼はマニアである以前に人間として間違っている。

他人の好きなものをそれはそれで良いと認められない

ということは

その人の人格を認めていないということである。

これは人間として恥ずべき行為だ。

そういうマニアとは正直付き合いきれるとは思えない。

疲れがたまるだけである。

自分もそんなマニアにならないように

注意して気をつけたいと思う。

マニアと話をするのは大変おもしろい。

これからも自分の知識を広げてくれるマニアの友人たちに

尊敬と感謝の念を抱きつつ接していきたいとおもう。


マニア万歳!!!


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